それでいて完全に自由だ
根っこのところを天に預けている限りは― バガボンド 沢庵 (井上雄彦)
バガボンド36巻が出ましたね。
最高です、ほんと。
井上さんの人間への哲学的洞察力とその表現力には脱帽です。この巻では以前ブログに書いた、武蔵が自我を手放すシーンが描かれています。
「自我を手放すこと」
バガボンドという物語における最重要シーンです。ご覧になったことの無い方はぜひ読んでみてほしい。
武蔵は孤高に強さを求め、命がけで天下無双の道を歩んできました。その果てに京最強の吉岡清十郎を破り、さらに吉岡道場一門70名を迎え討って切り殺した。名実ともに最強の名を手にしたにも関わらず、喜べぬ自分がいる。殺してしまった者たちが頭によぎっては、自分のあり方と生き方に迷いが生じる。そして剣も迷い、堅く鈍っていく。
冒頭の文句は、そんな武蔵に再会した沢庵が伝えた言葉です。
――――――
(・・・腹に呑み込んだ鉛。鉛のような重さを抱えて生きる。
今も―
闘いは続いているということ。
あいつら(武蔵が殺した者たち)は赦され、俺にとってだけ続いている・・・)
「勝ったのはどっちだ?」
沢庵「勝った者はいない。そうじゃないかね?」
「わからねぇ」
沢庵「お前の芯はわかっている。その重さが何よりの証」
――――――――――――――――
沢庵は武蔵の心を見抜いて語ります。
沢庵はストーリー序盤から武蔵の精神的成長を導いています。幼馴染のおつう以外で、武蔵を怖れずに向き合おうとする唯一の人物です。その沢庵がこの時、悟りを開いたときに得た言葉を武蔵に伝えました。なぜか。
「苦しみを知る今のお前には伝わると思ったんだ・・・武蔵」
自分を信じて、辿り着いた道の果て。
人はきっと、願望が実現した先に、本当の自分と向き合うことになる。
成りたいものに成った時。得たいものを得た時。あるいは、捨てたいものを捨てた時。願いがかなった先に、はじめて自分の真実が問われる。問わずにはいられなくなる。
満たされぬ自分がいる。誰も理解できぬ、鉛のような重さを孤独に抱える。
それは、何かが間違っていたのだという、芯の部分からのサインです。
沢庵の言葉の真意を得たのが、36巻の最後に描かれている「水ぬるむ頃」です。
飢饉の村を思い、田の土に祈った武蔵。
収穫期まで乗り越えられぬ飢えの現実と、衰弱する伊織を目の当たりにし、
自分が揺さぶられる。
どうありたいのだ
強く―
俺がおれらしく―
・・・手足がなくても、それは残るはず
俺は
何だ?
自問が極まったその時、思い出した言葉。
(優しいんだよ、あんたは)
「手足がなくても」のくだり。つまりそれは、最強である自分が子供にも劣る最弱な人間になったとしても、おれはおれだと武蔵は受け入れることができるということ。自尊心を守らねばいられない実存的怖れを超えたということ。
自分が揺さぶられる。
どうありたいのだ
強く―
俺がおれらしく―
・・・手足がなくても、それは残るはず
俺は
何だ?
自問が極まったその時、思い出した言葉。
(優しいんだよ、あんたは)
「手足がなくても」のくだり。つまりそれは、最強である自分が子供にも劣る最弱な人間になったとしても、おれはおれだと武蔵は受け入れることができるということ。自尊心を守らねばいられない実存的怖れを超えたということ。
強さに執着するエゴが外れ、人を救いたいという素直な一心で、役人に頭を下げて助けを乞うた。
これまでの武蔵では考えられなかった行動です。そのように至るまでの人間の成長と変化が、15年の連載を通じて描かれたのだと思うと感嘆します。
人間を描くということ。
自分を信じて歩んだ道の果てに、独り自問して辿り着くのは、愛であるということ。
バガボンドで、アーティストとして、
井上さんが最も伝えたかったテーマが、ここに結実してある。
天によって定められた人の道は、愛すること。
そう思いました。
井上さん、ありがとう。
これまでの武蔵では考えられなかった行動です。そのように至るまでの人間の成長と変化が、15年の連載を通じて描かれたのだと思うと感嘆します。
人間を描くということ。
自分を信じて歩んだ道の果てに、独り自問して辿り着くのは、愛であるということ。
バガボンドで、アーティストとして、
井上さんが最も伝えたかったテーマが、ここに結実してある。
天によって定められた人の道は、愛すること。
そう思いました。
井上さん、ありがとう。
僕も、このシーン大好きなんですよ。
返信削除もう、剣客マンガじゃなくなってしまいましたね(笑)
素晴らしい作品だと思います。
ここを共感してもらえると嬉しいです。
削除自由、天、我執・・・悟りというテーマが色濃くなってますよね。武蔵の武の高みが極まって、しかしそこで迷い、自我と向き合い、人の弱さをゆるし、精神性の高みへと開かれる。その過程を描くのは、人間を描くことをテーマにしている井上さんにとって、きっと自然な流れなのでしょうね。
コメントありがとうございます。